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発現する布オセアニアの造形と福本繁樹/福本潮子

発現する布
オセアニアの造形と福本繁樹/福本潮子

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Miyuki Kato

自分の体にいつも触れている布とは全くの別物。
布の概念に革命が起きる。

まず目に飛び込んでくるのは、繊維が獣の毛ようで野生的な、これを布!?というところから驚く。参加した関連プログラム「福本繁樹と福本潮子によるトーク」と、福本繁樹ワークショップ「表装技法による布象嵌」の内容とともにご紹介します。

この編み込んだ布、網布(あんぎん)は、ヴァヌアツ ペンテコスト島中部の棒締め染めパンダヌス布。織物じゃないのに模様染が入っていて、世界の常識にないもの。染色家にとってはびっくりするものと繁樹さんは言います。
長太い丸太に編布を型となるバナナの皮の葉鞘(ようしょう)を挟んで、ロープでぐるぐる巻きにして板締めという染色技法で染める。型は1回きりの使い捨てで、手で編むから斜めにも立体にも複雑なものができる。これはマットマニーと呼ばれ、お金としての価値があります。

圧倒的な存在感。荒々しい生命力が発せられているかのよう。

体を包む目的とは正反対にある、衣の原点。

4つ並んでいる輪っかは、紐衣(ちゅうい)と呼ばれるソロモン諸島の装身具。衣服の原点として展示されたそうです。服を着ないと恥ずかしいと考える現代とは全く違って、裸が当たり前の状態に、正装する時必ず腰に巻く大事なもの。
繁樹さんは日本に残っている紐衣といえばお相撲さんのさがり。横綱も紐衣につながるのではないかと言います。

腰に巻く大事な装身具。
貝貨。一つ一つのビーズは貝から手作りで削り出されたもの。一粒一粒が手しごと。

紙との境界が薄れる、原初的な布。

壁一面に呪術的な模様が張り巡らされているのは、パプアニューギニアのタパ(南太平洋メラネシアの樹皮布)139枚。
カジノキの内皮を剥ぎ取った靭皮を叩きのばした原初的で強靭な繊維の布で、これは細くして糸にして織物にもなり、細かく砕いて漉けば紙にもなる。タパの上に描かれている模様は、先祖代々民族や氏族に受け継がれてきたもの。

1978年にはタパに描かれているような民族模様のを顔面に刺青する文化が健在だった。90年代に衰退。

探検で撹拌された、創作の視野。

繁樹さんは、1969年、京都市立美術大学で6人のメンバーを組織して、初めての探検でニューギニアへ行き、民族模様の天井の樹皮絵画に魅せられ、探検にのめり込む一つのきっかけになったといいます。
そこから調査と収集で10数回訪れ、船で島々の集落をサバイバルに近い生活をしながら訪ね歩き、南太平洋美術の変遷とともに、現地の独特な文化や風習を肌で感じてきました。
福本潮子さんもそのうちの3回同行しており、探検から日本へ帰ってきたとき、初めて外側から自分自身を見つめられるようになったそうです。
ニューギニアの人たちが創作しているのを見た後、自分自身がいつの間にか西洋美術をやっていることに矛盾を感じ、日本の伝統を勉強したいと、二代目龍村平蔵について、織物の仕事をしはじめました。
平藏さんはひと釜に120色くらい出す人で、ブルーだけでもずらりと並ぶそう。そんな人が藍染だけは外へ行くと言って、一緒に潮子さんも草津の紺九さんに連れて行ってくれたその時に、現代的で都会的な感覚で初めて藍を見て、これで作品を作ろうと思ったそう。
潮子さんは、試行錯誤で手垢の残らない操作の分からない、よくある絞り染めの模様とは違う表現を目指した藍染をされています。

青森で見つけた布団地と潮子さんの新しい布とのコラージュ作品。
使って擦り切れた色ととの微妙な色が対比で、お互いを引き立ているのが面白いと潮子さん。

潮子さんが蚊帳生地を使いはじめた頃、何十件あった蚊帳生地屋さんが、時代の流れでいつしか最後の1件になり、その最後の1件も縦糸がポリエステルになと聞き、藍が染まる布がどんどんなくなっていくと憂鬱な気持ちになっていたところ、骨董屋さんで対馬麻にふと目がとまったそうです。
この時代の布は使えば使うほど、布の凄さがわかってくる。そして関西と東北などの土地柄の違いというものを、布に感じるようになり、これは知らないといけないということで、車で東北の方をずっと回った。
木から作った布と、草から作った布はものすごく違う感覚がある。布の中には人間の生活やその土地柄、風土がすべて入っているということをだんだんひしひしと感じるようになったと言います。

「見たい、知りたい、わかりたい」が探検になり、創作に。

繁樹さんは、民俗学博物館の研究仲間にいて紹介の場面になると、染色家ですと。染色家の仲間が紹介すると、オセアニアの研究している人だと。自分って一体何なんだろうと思っていたそう。
探検と創作の両方をやる、そこにどういう関わりがあるのか。
それを考えた時に気づかせてくれたのが、塩野七生さんの「ルネサンスとは何であったのか」。レオナルド・ダ・ヴィンチは、科学、画家、造園、色々なことをした人だが、彼にとっては、皆ひとつのことだったんじゃないか。ダンテは「芸術、つまり創造、創作という行為が、理解の本道である」考えるだけでは不十分で、それを口であろうとペンであろうと画筆であろうとノミであろうと、表現してはじめて「シェンツァ」になる。(※シェンツァ=英語のサイエンス。この場合は語源であるラテン語の意味した「知識」「理解」と考える。)

わかるという手段が、探検であり創作。
今回の展覧会で、まさにひとつに。

繁樹さん新作の 「すっちゃん ちゃがら」と「ちゃん ちゃがら」は、柳田國男が採集した瘤取り爺さんの昔話から、鬼の前で踊りを踊った二人の爺さんの話を由来とします。無心に踊る爺さんと計算があった爺さんと解釈すると、芸術のあり方を教えてるんじゃないかと思ったそう。

繁樹さんの染めは、自分が100%責任を持ってものを作るのではなく、「する」というよりも「なる」という造形に自分が割り込んでいって、何ができるかという自然かける自分でものを作っていると言います。

床の間に飾る掛け軸の表層技法で色々な布を合わせていく、布象嵌。

布象嵌ワークショップでも、ゴールをあまり意識せずに、「なる」体験をしてほしいということで、参加者は新鮮な気持ちでワークショップに挑みました。

布象嵌ワークショップで布を和紙に裏打ちする。京都に暮らす人ならではのアイデア。
空気が入らないようハケを動かす繁樹さん。
和紙を裏打ちした布をカッターで刻み、さらに和紙に貼り付け裏打ちする。
参加者の制作した布象嵌たち。布が発するもの、作品への理解が深まった。

想像できない布の役割と造形のアイディアに驚きの連続。まさに「発現する布」でした。


展覧会「発現する布—オセアニアの造形と福本繁樹/福本潮子」
TEXTILE REVELATIONS — Oceania’s Creations, FUKUMOTO Shigeki and FUKUMOTO Shihoko

とき:2023年4月15日(土)ー6月18日(日) 10:00ー18:00
ところ:国際芸術センター青森(⻘森市⼤字合⼦沢字⼭崎152-6)
入場料:無料
https://acac-aomori.jp/program/2023-1/

ギャラリークレイドルの会場では、作品集の購入ができるようです。
以下はギャラリークレイドルのFBより引用

福本繁樹は、なるほど染め、布象嵌などの手法での作品。福本潮子は、独自の手法による愛染めの作品を展示しております。
※なお、作家は在廊いたしません。

&CRADLE Vol.12 福本繁樹・福本潮子小作品展
とき:2023年6月10日(土)ー6月18日(日)10:00ー18:00
ところ:ギャラリークレイドル(青森県青森市桜川1丁目3-16)
https://www.facebook.com/profile.php?id=100064268073239